アメリカ研究子育てマンの観察日記

アメリカで研究と子育てに奔走する男の観察日記。独自の視点でアメリカを見つめ、日本を見つめ直す

プラトン Meno (メノン)から探る詰め込み式集団主義教育からの脱却

前回、お固くプラントの『メノン』という作品について書きました。そこでは登場人物であるソクラテスとメノンが、美徳とは何か?を大真面目に語り合う訳ですが、ソクラテスがいわゆる「想起説」というものを提唱します。つまり、「魂は不滅で、何度も肉体を入れ替えて蘇っている。よって経験値マックスであるので、何が美しいか、何が徳かを知っているのだ。ただ我々は何が美徳かを今の肉体に入った時にうっかり忘れてしまっているのだ。何が美徳かを知るためには、魂に問いかけて思い出すことが必要なのだ。」といった考えです。日本人と同じように古代ギリシア人も輪廻転生を信じていたことに驚きましたが、しかし、知識に対する考え方に関しては日本人と全く逆のように思います。古代ギリシアは良いものを生み出すために必要な知識は、高潔な魂に宿るものと考えていたのに対して、日本人は勉強しなかったら基本人間の頭は空っぽで、知識は外から吸収しなければならないと考えています。

 

アメリカ在住の僕は、アメリカ人の学生に実験を教えることがあるのですが、とにかく一般の学生はとにかく勉強ができない、特に単純な計算がかなり苦手です。「3%の溶液を300 mL作るには、試薬は何gいるかな?」と聞くと、学生は、、、固まってしまう、もしくはとんでも回答「450 g!!!」、、、いやいや、、、溶液の量超えてしまっているじゃないか、、、なんてことがざらです。平均値でいったら日本人の方が勉強できるなと思います。でも、どうしてアメリカが日本よりプロダクティブで成長を続けているのでしょうか?今でも若干不思議です。

 

アメリカ人と接していると日本人に比べて、どうすれば自分はウキウキできるのか、幸せになれるのかを考え、実行する力が長けているように思います。仕事は合わなかったら転職して好きなことをします。キャリアアップして給料が高いオファーが見つかれば、また転職します。一生同じ会社で終わる人はかなり少ないのではないでしょうか。彼らは暗算が多少できなくても、ソクラテスが言った自分の内面に問いかける習慣を普段から持ち合わせているようです。だからクリエイティブなアイデアが生まれやすいし、古いやり方にとらわれないでいられるような感じがします。美しく徳があり、人が思わず手に取りたくなるようなものが生まれやすい環境なのです。一方、日本人は勉強ができても、どうすればウキウキできるか、心に問うことが苦手なように見えます。精度は高いが、仕事がマンネリ、ルーティーン化して楽しくなくなっている人がどれだけ多いことか、、、これでは新しいものは生まれません。詰め込み、集団行動を押し付ける教育から脱却して、知識をベースにして何かクリエイトする能力を育てることが今後AIが到来する社会では必要なはずです。そのためには、個々が自らの心と対話する時間を認めること、すなわち個々は異なるため、結果として多様性を認めることが重要になってくるのではないでしょうか。こんな日本を次の世代に残したいと思うばかりです。